「朱に交われば赤くなる」の意味は?由来と使い方

言葉・日本語
ソボチエ編集部

「朱に交われば赤くなる(しゅにまじわればあかくなる)」は、付き合う人や周りの環境によって、人の考え方や行動は良くも悪くも影響を受ける、という意味のことわざです。

悪い仲間の影響を受ける場面で聞くこともありますが、良い人から学び、良い習慣が身につく場面にも使えます。言葉の由来と、日常での自然な使い方を見ていきましょう。

「朱に交われば赤くなる」は周囲の影響を受けるという意味

小学館の『デジタル大辞泉』や日本漢字能力検定協会の「漢字ペディア」は、このことわざを、付き合う友達や環境に影響され、人が善にも悪にも変わるというたとえとして説明しています。

例えば、時間を守る人たちと一緒に仕事をしているうちに、自分も早めに準備するようになったとします。反対に、約束に遅れても気にしない人たちと過ごすうちに、自分まで時間にルーズになってしまう場合もあります。

このように、身近な人の行動や考え方が、自分の習慣にも影響することを表します。「赤くなる」という言い方ですが、必ず悪い方へ変わるという意味ではありません。

「朱」と「交わる」は何を表している?

「朱(しゅ)」とは、黄色みを帯びた赤色や、その色の顔料のことです。朱色の顔料は古くから絵具や朱肉などに使われてきました。朱が物につくと赤く色づく様子を、人が周囲から影響を受けることに重ねています。

また、ここでの「交わる(まじわる)」は、人と付き合う、交際するという意味です。「朱に交われば」は「しゅにまじわれば」と読みます。「朱に混ざれば」と言い換えるのではなく、決まったことわざの形で覚えましょう。

もちろん、人の体が本当に赤く染まるという話ではありません。そばにいる人から影響を受けて、物事の考え方や振る舞いが似てくることを表すたとえです。

由来は中国の「近朱者赤、近墨者黒」

このことわざは、中国の古い文章に由来します。小学館の『故事成語を知る辞典』では、3世紀の中国・西晋の時代に活躍した傅玄(ふげん)の『太子少傅箴(たいししょうふのしん)』に結びつけて説明しています。

そこには「近朱者赤、近墨者黒(朱に近づく者は赤く、墨に近づく者は黒い)」という考え方が示されています。台湾教育部の『重編國語辭典修訂本』でも、この文章を出典に挙げています。

赤い顔料のそばにいれば赤く染まり、黒い墨のそばにいれば黒く染まる。それと同じように、人も周囲の人や環境に左右されやすいという教えです。

『太子少傅箴』は皇太子の教育係に向けた心得を説く文章です。皇太子のそばで教える人自身が正しい行いをすることの大切さを、このたとえで伝えています。日本では後半の「墨に近づけば黒し」を省き、「朱に交われば赤くなる」だけで使うことが一般的になりました。

日本ではいつごろから使われている?

『精選版 日本国語大辞典』には、仮名草子『祇園物語(ぎおんものがたり)』(1644年ごろ)に見られる使用例が紹介されています。寺の近くにいる子どもが、習っていなくてもお経を読むという内容とともに、周囲の影響を受けるたとえが使われています。

この例から、日本でも古くから親しまれていた表現だと分かります。ただし、1644年ごろは辞書に載る用例の年代であり、その頃に初めてことわざが作られたと決まったわけではありません。

良い影響を受けたときの使い方と例文

良い人と過ごすうちに、本人の行動や習慣が良い方向へ変わった場面でも使えます。

  • 学校:「読書好きの友達と話すうちに、私も本を読むのが楽しみになった。朱に交われば赤くなるということだね」
  • 仕事:「挨拶を大切にする先輩と働いているうちに、新人も自然と丁寧に挨拶するようになった。朱に交われば赤くなるものですね」
  • 趣味:「手芸の仲間が毎回工夫している姿を見て、自分も新しい作り方を試すようになった。朱に交われば赤くなるとはこのことだ」

「周りの人から良い影響を受けたのだね」と、変化を前向きに受け止めていることが伝わる場面に合います。

悪い影響を受けたときの使い方と例文

反対に、身近な人の良くない習慣に引っ張られ、自分も同じようなことをするようになった場面にも使えます。

  • 時間の約束:「待ち合わせに遅れるのが当たり前の仲間と過ごしていたら、私まで遅刻を気にしなくなっていた。朱に交われば赤くなるというから気をつけよう」
  • 言葉遣い:「人の悪口ばかり聞いているうちに、自分まで同じ言い方をするようになった。朱に交われば赤くなるという言葉を思い出した」

集英社の『会話で使えることわざ辞典』も、交際する相手によって良くも悪くもなることから、友人を選ぶ大切さを伝える言葉として説明しています。

ただし、本人に向かって「悪い友達に染まったね」と言うと、その人や友人を決めつけているように受け取られることがあります。注意を伝えるなら、「最近、約束の時間に遅れることが増えたね」など、実際の行動について話す方が分かりやすいでしょう。

「類は友を呼ぶ」とはどう違う?

どちらも人間関係についてのことわざですが、注目していることが違います。

  • 朱に交われば赤くなる:周囲の人と付き合ううちに、自分の性質や行動が影響を受けること。
  • 類は友を呼ぶ:性格や好みなどが似ている人同士が、自然と集まること。

例えば、読書好きの人たちと交流してから自分も本を読むようになったなら「朱に交われば赤くなる」。もともと読書好きの人たちが自然に集まったなら「類は友を呼ぶ」です。周囲から変わるのか、似た人が集まるのかで区別できます。

「麻に連るる蓬」「泥中の蓮」との違い

「麻に連るる蓬(あさにつるるよもぎ)」は、周囲の良い環境に影響されて、良い方へ変わるというたとえです。「朱に交われば赤くなる」が善悪どちらの変化にも使えるのに対し、良い影響を中心に表します。

一方、「泥中の蓮(でいちゅうのはちす)」は、泥の中で蓮が清らかな花を咲かせるように、周りの良くない環境に染まらず、清らかさを保つことを表します。こちらは、周囲の影響を受けずにいる点が違います。

「朱に交われば赤くなる」は、人との付き合いが自分に与える影響を振り返るときに役立つ言葉です。相手への言い方に気を配りながら、良い影響にも悪い影響にも使えることを覚えておきましょう。

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