「三つ子の魂百まで」の意味は?三歳までで性格が決まる?

言葉・日本語
ソボチエ編集部

「三つ子の魂百まで(みつごのたましいひゃくまで)」は、幼い頃に表れた性格や性質は、年をとっても変わらないという意味のことわざです。

ただし、満3歳までに性格がすべて決まり、その後は絶対に変わらないという科学的な決まりがあるわけではありません。「三つ子」が指す年齢や、現代の心理学で分かっていることを分けて考えると、意味を理解しやすくなります。

「三つ子の魂百まで」は幼い頃の性質が残るという意味

小学館の『デジタル大辞泉』と日本漢字能力検定協会の「漢字ペディア」は、このことわざを、幼い頃の性格や性質は年をとっても変わらないというたとえとして説明しています。

ここでいう「魂」は、その人の性格や持ち前の性質のことです。小さい頃から負けず嫌いだった人が、大人になっても勝負に熱くなる。幼い頃から好奇心が強かった人が、年をとっても新しいことに興味を持つ。そんな様子を表すときに使います。

良い性格だけを指すわけでも、悪い性格だけを指すわけでもありません。幼い頃から見られたその人らしさが、後々まで残っていることに注目した言葉です。

「三つ子」は満3歳までという意味?

「三つ子」は、ここでは3人同時に生まれた子どものことではなく、幼い子どもを指します。「三つ子だから満3歳の誕生日まで」と厳密に区切る言葉でもありません。

小学館の『ことわざを知る辞典』によると、昔の「三つ子」は数え年で、文字どおりに考えれば現在の満年齢でおおむね1~2歳に当たります。しかし、ことわざではその年齢だけでなく、幼少期全体をたとえていると説明されています。

「百まで」の「百」も、100歳の誕生日を境に性格が変わるという意味ではありません。年をとっても、長い一生の間ずっと、ということを表しています。

つまり、このことわざの数字は、人の性格が変化する年齢の境目を定めたものではないのです。

性格は3歳までに決まってしまうの?

ことわざの意味と、実際に人の性格がどう育つかは分けて考える必要があります。幼い頃の性質が後まで残ることはありますが、3歳の時点でその人の将来の性格が完全に決まるとはいえません。

発達心理学を専門とする法政大学の渡辺弥生教授は、ベネッセ教育情報の解説で、人は生まれてから連続的に成長するため、3歳だけを特別な区切りとする根拠はないと説明しています。3歳頃になると個性が目立ってくることはありますが、その年齢までの育て方ですべてが決まるという意味ではありません。

実際の研究でも、性格には「続く部分」と「変わる部分」の両方が見られます。

  • 幼い頃とのつながり:3歳の子ども約1,000人の行動の特徴を調べ、26歳になった時点と比べた研究では、幼い頃の特徴と大人の性格に関連が見られました。
  • 成長後の変化:16歳と66歳の性格を比べた別の長期研究では、変わりにくい部分がある一方で、年齢とともに変化する部分も確認されました。

一つ目の研究は、幼い頃の様子が将来の性格と関係することを示したもので、「3歳の性格を見れば一人ひとりの将来が確実に分かる」という結果ではありません。二つ目の研究も、誰もが同じように変化するというものではありません。

こうした研究から、幼い頃の性質が続くことはあっても、それだけで一生の性格が固定されるわけではないと考えられます。

いつ頃からあることわざ?

「三つ子の魂百まで」は、江戸時代にも使われていました。『精選版 日本国語大辞典』には、1697年の歌舞伎『兵根元曾我(つわものこんげんそが)』にある使用例が掲載されています。

これは辞書に記録された古い用例の一つです。1697年にこのことわざが初めて作られたという意味ではありません。

また、同じ辞書には「三つ子の心六十まで」「三つ子の知恵八十まで」という形も示されています。数字や表現に違いがあっても、幼い頃の性質が後まで残るという考え方は共通しています。

どんなときに使う?例文で確認

幼い頃と現在の様子を比べて、その人の性格や考え方の共通点に気づいたときに使えます。

  • 好奇心が強い人:「祖父は子どもの頃から何でも知りたがる人だったそうだ。今も新しいことを調べるのが好きで、三つ子の魂百までだね」
  • 負けず嫌いな人:「兄は小さい頃から負けず嫌いだった。大人になっても勝負になると熱くなるなんて、三つ子の魂百までだ」
  • 人を気遣う人:「子どもの頃から周りの人を気遣っていた友人は、今も変わらず親切だ。三つ子の魂百までという言葉を思い出す」

ほめる気持ちで使うこともできますが、相手が気にしている性格を指摘すると、不快にさせる場合もあります。特に本人に直接言うときは、その特徴をどう受け止めているかに合わせて言葉を選びましょう。

早期教育や習い事の話に使ってもいい?

「三つ子の魂百まで」は、もともと性格や性質についてのたとえです。「3歳までに習い事を始めないと上達しない」「幼い頃に覚えたことは必ず一生忘れない」といった意味ではありません。

『ことわざを知る辞典』も、このことわざを幼児期の早期教育の根拠として持ち出すことに注意を促しています。幼い頃の経験が大切であることと、3歳までに何かを終えなければ手遅れになることは別の話です。

子どもに向かって「その性格は一生変わらない」と決めつけるのも、ことわざを科学的な予言のように使ってしまう言い方です。性格には、後の経験を通じて変化する面もあります。

「雀百まで踊り忘れず」との違い

似たことわざに「雀百まで踊り忘れず(すずめひゃくまでおどりわすれず)」があります。こちらは、雀が飛び跳ねるように、若い頃から身についた習慣や癖は、年をとっても抜けにくいという意味です。

  • 三つ子の魂百まで:幼い頃からの性格や性質が、大人になっても残るというたとえ。
  • 雀百まで踊り忘れず:若い頃に身についた習慣や癖が、年をとっても残るというたとえ。

どちらも昔からの特徴が後まで続くという点で似ていますが、前者は性格、後者は習慣や癖を中心に考えると違いが分かりやすくなります。

「三つ子の魂百まで」は、幼い頃からのその人らしさに気づいたときに使うことわざです。「3歳までで人生が決まる」という意味に広げず、言葉のたとえとして受け取るのがよいでしょう。

参考資料