「臥薪嘗胆」の意味は?故事の由来をわかりやすく解説
「臥薪嘗胆(がしんしょうたん)」は、目標を成し遂げるために、つらいことや苦しい状況に長く耐えながら努力を続けることを意味する四字熟語です。
もとは、中国の春秋時代、呉(ご)と越(えつ)という二つの国の王が、敗北の悔しさを忘れずに再起を目指した故事に由来します。「薪の上に寝る」話と「苦い胆をなめる」話は、伝統的な日本の説明では別々の王の物語です。順番に見ていきましょう。
「臥薪嘗胆」は苦しみに耐えて目標を目指すという意味
小学館の『デジタル大辞泉』は、「臥薪嘗胆」を、復讐を心に誓って苦労することや、目的を果たすために努力を重ねることと説明しています。日本漢字能力検定協会の「漢字ペディア」も、目的のために機会を待ち、苦労を耐え忍ぶという意味で紹介しています。
例えば、試合に負けた悔しさを忘れず、次の大会でよい結果を出すために一年間練習を続けたとします。そんな努力を「臥薪嘗胆の日々」と表現できます。
もともとの物語は敵に仕返しをするための苦労ですが、現代では、復讐に限らず、失敗から立ち直ったり、大きな目標に向かったりするための長い努力にも使われます。
「臥薪」と「嘗胆」はそれぞれ何をすること?
四つの漢字は、二つの行動を表しています。
- 臥薪(がしん):「臥」は横になること、「薪」はたきぎのこと。堅くて寝心地の悪いたきぎの上に寝て、つらさを忘れないようにすることです。
- 嘗胆(しょうたん):「嘗」はなめて味わうこと、「胆」は動物の胆(きも)のこと。苦い胆をなめ、その苦さによって悔しい気持ちを思い出すことです。
どちらも、わざと不快な思いをして、過去の悔しさや目標を忘れないための行動です。この二つのたとえが合わさり、「臥薪嘗胆」という言葉になりました。
故事の由来:呉王・夫差と越王・勾践の物語
中国の春秋時代、呉と越は互いに争っていました。話に登場するのは、呉の王である夫差(ふさ)と、越の王である勾践(こうせん)です。
夫差は父の仇を忘れないため薪の上に寝た
呉の王・闔閭(こうりょ)は、越との戦いで傷を負い、亡くなりました。その子の夫差は、父の仇を討とうと考えます。
伝えられる故事では、夫差は堅いたきぎの上に寝て、自分の体にわざと痛みを与えました。さらに、父を失ったことを忘れていないかと問いかけさせ、復讐の気持ちを保ったといいます。
やがて夫差は越を破り、越王の勾践を会稽山(かいけいざん)に追い詰めました。勾践は命を助けてもらうため、屈辱を受け入れて降伏を申し出ます。これが「臥薪」の話です。
勾践は敗北の悔しさを忘れないため胆をなめた
夫差に許されて越へ戻った勾践は、敗れたときの悔しさを忘れまいとしました。そこで、苦い胆を身近なところにつるし、食事のときにもそれをなめて、自分に敗北の屈辱を思い出させたといいます。
勾践は自ら農作業に取り組み、家来の意見も取り入れながら国の力を蓄えました。そして長い年月をかけ、ついに呉を破りました。
こちらが「嘗胆」の話です。夫差は父の仇を討つために薪に寝て、勾践は夫差に敗れた悔しさを晴らすために胆をなめたというのが、日本の辞書で広く紹介されている説明です。
『史記』と『十八史略』では何が違う?
由来を調べると、『史記(しき)』と『十八史略(じゅうはっしりゃく)』という二つの書物が出てきます。ただし、同じ内容がそのまま載っているわけではありません。
中国の歴史書『史記』の「越王勾践世家」には、勾践が苦い胆をそばに置き、なめながら会稽での敗北を思い出したという「嘗胆」の話が記されています。一方、夫差が薪の上に寝たという「臥薪」の話は、『史記』のこの箇所にはありません。
夫差が薪の上に寝る話と、勾践が胆をなめる話を続けて読めるのは、後に編まれた『十八史略』の「春秋戦国・呉」です。小学館の『精選版 日本国語大辞典』でも、「臥薪」の故事については『十八史略』以前の典拠がはっきりしないと説明しています。
また、漢字ペディアには「臥薪」を勾践自身の行いとする説も示されています。古い書物や伝え方によって物語の細部には違いがあるため、故事の内容を歴史上の事実としてそのまま断定しないことも大切です。
「会稽の恥」とはどんな関係?
勾践が夫差に敗れて追い詰められた場所が、会稽山です。そこで受けた屈辱を「会稽の恥(かいけいのはじ)」と呼びます。
その悔しさを晴らすことは「会稽の恥を雪(すす)ぐ」と表現します。「雪ぐ」は、ここでは恥や汚名を取り除くという意味です。
「臥薪嘗胆」が目標のために苦しみを耐え忍ぶことに重点を置くのに対し、「会稽の恥を雪ぐ」は、受けた屈辱を晴らすことに重点があります。勾践の物語から生まれた、関係の深い言葉です。
現代ではどんなときに使う?例文で確認
もとの故事のような戦いや復讐だけでなく、悔しい経験をばねに長い努力を重ねる場面でも使えます。
- スポーツ:「昨年の大会で敗れた悔しさを胸に、臥薪嘗胆の一年を過ごしてきた」
- 勉強:「志望校に届かなかったが、臥薪嘗胆の思いで学び直し、翌年の受験に臨んだ」
- 仕事:「一度は計画が失敗したものの、臥薪嘗胆の末、事業を立て直した」
- 技術の習得:「長い間失敗と工夫を重ね、臥薪嘗胆して技術を磨いてきた」
「臥薪嘗胆の末」「臥薪嘗胆の日々」「臥薪嘗胆の思いで」のような形で使えます。どんな目標や悔しさがあり、どのような努力を続けているのかが分かると、言葉の意味が伝わりやすくなります。
「苦労した」「堅忍不抜」とはどう違う?
「臥薪嘗胆」は、単に忙しかったり、つらいことが起きたりしたという意味とは少し違います。成し遂げたい目的や、取り返したいという思いを持ち、長い間苦しみに耐えることが中心です。
また、「堅忍不抜(けんにんふばつ)」は、かたい意志を持ち、どんな困難にも耐えて心を動かさないという意味の四字熟語です。こちらは意志の強さに重点があります。一方、「臥薪嘗胆」は、過去の屈辱や目標を忘れず、苦労を積み重ねる点が目立ちます。
数時間だけの作業を終えて「臥薪嘗胆した」と言うと、言葉が少し大げさになる場合があります。長く続く苦労や、再起を目指す努力を表したいときに使う方が自然です。
日本でも歴史の中で使われた言葉
「臥薪嘗胆」は、明治時代の日本でも広く使われました。1895年の日清戦争後、ロシア・ドイツ・フランスによる三国干渉を受けて、日本は遼東半島を清に返還することになりました。
このとき、悔しさを忘れず将来に備えようとする「臥薪嘗胆」が世論の合い言葉になったことを、『精選版 日本国語大辞典』やアジア歴史資料センターの解説で確認できます。
今では、国と国との争いに限らず、勉強やスポーツ、仕事などの努力を表す言葉として使われています。苦しい時期をただ耐えるだけでなく、将来の目標を見失わずに努力を続けるという意味で覚えておきましょう。