「馬の耳に念仏」の意味は?どんな相手に使う?

言葉・日本語
ソボチエ編集部

「馬の耳に念仏(うまのみみにねんぶつ)」は、相手のためを思って意見や忠告をしても、聞き入れてもらえず、何の効果もないことのたとえです。何度説明しても耳を貸そうとしない相手について、「馬の耳に念仏だった」と言うことがあります。

ただし、人に向けて使うと、相手を「話の通じない人」と見なすような響きもあります。意味だけでなく、使う相手や場面にも気を付けたいことわざです。

「馬の耳に念仏」は意見を言っても効果がないこと

小学館の『デジタル大辞泉』では、「馬の耳に念仏」を、いくら意見をしても効き目がないことのたとえと説明しています。『ことわざを知る辞典』でも、よいことを言い聞かせても、理解されたり耳を傾けてもらえたりせず、何の効果もないこととされています。

例えば、約束の時間を何度も忘れる友人に、前の日に予定を確かめるよう勧めても、まったく聞いてもらえない場合です。「何度言っても馬の耳に念仏で、また約束に遅れてきた」と表せます。

ここで大切なのは、話したことが相手の行動や考えに届かず、言い聞かせても効果がないという点です。意見を伝える側の、困った気持ちやあきらめに近い気持ちを表すこともあります。

なぜ「馬の耳」と「念仏」が出てくるの?

「念仏(ねんぶつ)」は、仏や菩薩を思い浮かべながら、その名を唱えることです。日本では「南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)」と唱えることもよく知られています。日本芸術文化振興会の「文化デジタルライブラリー」でも、その意味が説明されています。

念仏は信仰する人にとって大切な言葉ですが、馬に向かって唱えても、人が感じるような意味やありがたみは伝わりません。そこから、いくら大切なことを伝えても、相手に伝わらないことのたとえになりました。

馬の聴覚が悪いという意味ではありません。声が耳に届くことと、話の意味を理解して受け止めることは別だというたとえです。

どんな相手に使うことわざ?

このことわざは、相手に助言や注意をしても、聞き入れる様子がなく、同じことが続いているような場面で使われます。

  • 助言を聞こうとしない相手:「準備を早めに始めた方がいいと何度言っても、馬の耳に念仏だった」
  • 注意を受けても行動を変えない相手:「忘れ物をなくすよう何度注意しても、馬の耳に念仏で困っている」
  • 話を聞き流している相手:「大事な手順を説明したが、聞いている様子がなく、馬の耳に念仏のようだった」

いずれも、ただ相手が自分と違う考えを持っているだけではなく、こちらの話が受け止められていない様子を表しています。

反対に、相手が話を理解したうえで、別の理由から賛成しない場合は、このことわざがふさわしいとは限りません。意見が違うことと、意見を聞こうとしないことは分けて考えたいところです。

会話での使い方と自然な例文

「馬の耳に念仏だ」「馬の耳に念仏だった」「馬の耳に念仏のようだ」といった形で使えます。

  • 「弟に使った道具を片付けるよう頼んでも、馬の耳に念仏で、いつも出しっぱなしだ」
  • 「同僚に手順の確認を勧めても馬の耳に念仏だったので、説明の仕方を変えてみた」
  • 「何度も注意したけれど、馬の耳に念仏だったようで、同じ失敗が続いている」

本人の前で言うより、第三者に状況を説明したり、自分の困りごとを振り返ったりする文章で見かける表現です。人ではなく、「言っても効果がなかった」という状況に焦点を当てると、意味をつかみやすくなります。

相手に直接言うと失礼になることも

「あなたには馬の耳に念仏だ」と直接言うと、「何を言っても無駄な人だ」と責めているように聞こえます。特に目上の人や、まだ関係ができていない相手には避けた方が無難です。

また、相手が話を聞かなかったのか、それとも説明が難しくて理解できなかったのかは、外からは分からないことがあります。意味が伝わっていないときは、まず話し方や伝える内容を見直すことも大切です。

例えば「何度言っても馬の耳に念仏ですね」の代わりに、「説明した内容で分かりにくいところはありますか」「確認してほしい点をもう一度お伝えします」と言えば、相手を傷つけずに話を進めやすくなります。

「馬耳東風」「猫に小判」とはどう違う?

似た言葉に「馬耳東風(ばじとうふう)」と「猫に小判」があります。

  • 馬の耳に念仏:忠告や意見を伝えても相手に届かず、効果がないこと。
  • 馬耳東風:人の忠告や批評などを聞き流し、気に留めないこと。
  • 猫に小判:価値のあるものを与えても、その値打ちが分からない相手には意味がないこと。

「馬の耳に念仏」と「馬耳東風」は、話を聞き流す様子を表す点でよく似ています。一方、「猫に小判」は、相手に与えた物の価値が分からないことを表す場合によく使われます。

例えば、注意を聞いてもらえなかったなら「馬の耳に念仏」、高価な品物を贈っても価値が伝わらなかったなら「猫に小判」が合います。

昔からある表現なの?「馬耳東風」との関係

『ことわざを知る辞典』では、古くは「馬に念仏」と言われていた表現が、江戸時代中期ごろに「馬の耳に風」と結び付いて広まったものと推定されています。

「馬の耳に風」は、中国の詩人・李白の詩に由来する「馬耳東風」と関係する表現です。『精選版 日本国語大辞典』には「馬の耳に風」の用例として、1638年の俳諧書『毛吹草(けふきぐさ)』が挙げられています。

一方、「馬の耳に念仏」の形では、1865年の歌舞伎『鶴千歳曾我門松(つるのちとせそがのかどまつ)』の用例が記録されています。これらは古い使用例であり、ことわざが生まれた年を示すものではありません。

「馬の耳に念仏」は、ただ聞こえていないのではなく、大切な話をしても受け止められず、効果がないことを表す言葉です。相手への決めつけにならないよう、使う場面を選びましょう。

参考資料