「他山の石」の意味は?悪い例にも使える?

言葉・日本語
ソボチエ編集部

「他山の石(たざんのいし)」は、他人の間違った言動や失敗も、自分の行いを見直すための参考にできる、という意味のことわざです。悪い例にも使えるどころか、悪い例から学ぶことが本来の意味の中心です。

一方で、「立派な人の行動をお手本にする」という意味で使う人もいます。何を学ぶ言葉なのかを知ると、使い方の違いや、似た言葉との関係が分かりやすくなります。

「他山の石」は他人の失敗からも学べるという意味

小学館の『デジタル大辞泉』は、「他山の石」を、自分の考えや行いを磨く助けになる、他人の誤った言動と説明しています。日本漢字能力検定協会の「漢字ペディア」でも、他人のよくない言動が自分の人格を磨くために役立つこととされています。

例えば、他の人が約束の時間を間違えて困った様子を見たとします。その人を責めるだけで終わらず、「自分も予定を前日に確かめよう」と考えるなら、失敗を「他山の石」として生かしていることになります。

大切なのは、人の失敗を眺めたり批判したりするだけではなく、自分の行動をよりよくするために役立てるという点です。

悪い例を「他山の石とする」の使い方

「他山の石」は、失敗や好ましくない行動を教訓にする場面で自然に使えます。例えば、次のような言い方です。

  • 「他社で起きた情報の管理ミスを他山の石とし、自社の管理方法を見直す」
  • 「友人の準備不足による失敗を他山の石として、早めに準備を始める」
  • 「ほかの地域で起きたトラブルを他山の石にして、地域のルールを確かめる」

いずれも、他人や別の場所で起きたことを、自分にも関係する問題として考え直しています。「他山の石とする」「他山の石にする」といった形で使われることが多い言葉です。

反対に、「あの人は失敗ばかりだ」と言うだけでは、自分の学びにつなげていません。「自分にも同じことが起きないか」と考えて初めて、ことわざの意味に合う使い方になります。

由来は中国の『詩経』にある石と宝石のたとえ

「他山の石」は、中国の古い詩集『詩経(しきょう)』の「小雅(しょうが)・鶴鳴(かくめい)」にある言葉から生まれました。

もとになったのは「他山之石、可以攻玉」という一節です。日本語では「他山の石、以て玉を攻むべし」と読まれます。

ここでいう「他山」は、よその山のことです。「石」は、宝石のような立派な石ではなく、ありふれた粗い石を指します。そのような石でも、宝石を磨くために使えます。「攻む」には、この場合、磨くという意味があります。

このたとえから、たとえ優れているとは思えない人の言葉や行動でも、自分を磨く材料になる、という教えになりました。「他山の石」は、よそで起きた出来事にも学ぶ価値があることを表しています。

よい行いをお手本にする場合にも使える?

「他山の石」を、「他人の立派な行いを見習う」という意味で使う例もあります。しかし、『デジタル大辞泉』や文化庁の調査では、これは本来の意味とは異なる使い方として扱われています。

例えば、尊敬する先生の立派な振る舞いについて、「先生の行いを他山の石にします」と言うと、先生の行動を悪い見本と受け取っているように聞こえるおそれがあります。

よい行いをほめて学びたいときは、「先生をお手本にします」「その姿勢を見習います」と言う方が伝わりやすくなります。

『故事成語を知る辞典』には、最近は他人のよい行動から学ぶ意味でも使われていると説明されています。使われ方が広がっていることを知りつつ、誤解を避けたいときは言葉を選ぶとよいでしょう。

「他山の石とせず」と「他人事にせず」は違う

「ほかの人の失敗だからと軽く考えず、自分も気を付けよう」と伝えたいときに、「他山の石とせず」と書いてしまうことがあります。

しかし、「他山の石とする」は、よその失敗を自分の教訓にするという意味です。「他山の石とせず」と否定すると、その教訓にしないという、伝えたいことと反対の意味になりかねません。

辞書編集者の神永曉さんも、ジャパンナレッジの解説で、「他山の石とせず」が「他人事にせず」と混同されている例を取り上げています。

「よその失敗を自分にも関係する教訓にしたい」なら、「他山の石として受け止める」や「他人事にせず、同じ失敗を防ぐ」と書けば、意味がはっきりします。

「反面教師」とはどう違う?

「反面教師(はんめんきょうし)」も、よくない行動を見て学ぶときに使われます。意味は近いものの、言葉の指すものに違いがあります。

  • 他山の石:他人のよくない言動や失敗を、自分の教訓として役立てること。
  • 反面教師:こうなってはいけないと教えてくれる、悪い見本となる人や物事。

例えば、「あの人の失敗を反面教師にする」と言えば、失敗した人やその行動を悪い見本として見ています。「あの人の失敗を他山の石とする」と言えば、その失敗から自分の行動を改めるという意味が前に出ます。

身近なことわざの「人の振り見て我が振り直せ」も、人の行動を見て自分を振り返るという点で似ています。

文化庁の調査では「分からない」が最も多かった

文化庁の平成25年度「国語に関する世論調査」は、2014年3月に実施されました。「他山の石」の意味について尋ねた結果は、次のとおりです。

  • 「他人の誤った言行も自分の行いの参考となる」:30.8%
  • 「他人の良い言行は自分の行いの手本となる」:22.6%
  • 「両方の意味」:4.5%
  • 「分からない」:35.9%

本来の意味とされる方を選んだ人は約3割でしたが、「分からない」と答えた人がそれを上回りました。言葉の意味を十分に知らない人も少なくなかったことが分かります。

平成16年度の調査では、本来の意味を選んだ人が26.8%、よい行いをお手本にする意味を選んだ人が18.1%でした。ただし、平成16年度は「どの意味で使っているか」、平成25年度は「どちらの意味だと思うか」を尋ねています。質問の仕方が異なるため、数字の差だけで意味の理解が変化したと断定することはできません。

「他山の石」は、他人のよくない言動からも学べるという教えです。よい行いをほめたいのか、失敗を自分の教訓にしたいのかを考えて使うと、意味が伝わりやすくなります。

参考資料