「以心伝心」の意味は?どんな関係で使う言葉?

言葉・日本語
ソボチエ編集部

「以心伝心(いしんでんしん)」は、言葉にしなくても、お互いの気持ちや考えが自然に通じ合うことを意味する四字熟語です。

夫婦や恋人だけの言葉ではありません。家族、親友、長く一緒に働いてきた仲間など、言わなくても相手の気持ちや意図が伝わる関係で使えます。ただし、長年の付き合いがなければ使えないと決まっているわけではありません。

「以心伝心」は言葉を交わさずに心が通じること

小学館の『デジタル大辞泉』では、「以心伝心」を、無言のうちに心が通じ合うことと説明しています。日本漢字能力検定協会の「漢字ペディア」でも、言葉や文字に頼らず、心と心で通じ合うという意味が示されています。

例えば、友達が何かを言おうとしたとき、目が合っただけで互いに同じことを考えていたと気づく場合です。また、何も言わなくても、相手が自分を気遣ってくれていると感じる場面にも合います。

「以心伝心」は、相手の思いを言葉で詳しく説明しなくても、自然に理解し合える様子を表します。特別な能力のことではなく、普段の会話では親しい相手との心の通い合いを表す言葉です。

どんな関係で使う?夫婦や恋人だけ?

「以心伝心」は、恋愛関係に限りません。相手との関係の名前よりも、言葉がなくてもお互いの気持ちや意図が伝わったかどうかが大切です。

  • 夫婦・恋人:相手の様子を見て、言葉にしなくても思いを分かち合えたとき。
  • 家族:一緒に暮らす中で、言わなくても相手の気持ちに気づけたとき。
  • 親友・幼なじみ:少し目配せしただけで、互いが何を考えているか分かったとき。
  • 仕事の仲間:一緒に経験を重ね、言葉を交わさずに相手の意図を理解できたとき。

集英社の『スピーチに役立つ四字熟語辞典』にも、親友同士の気持ちが言葉なしに通じ合う例が載っています。親しさや信頼関係を前向きに表したいときによく合う言葉です。

一方で、初めて会った人同士に「以心伝心の仲」と言うのは、普段の使い方としては少し不自然です。「以心伝心の仲」は、互いをよく理解している間柄を表す言い方だからです。ただし、一度の出会いで気持ちが通じ合ったと感じることまで、言葉の意味が否定するわけではありません。

日常での使い方と例文

お互いが言葉にしなくても理解し合えた場面を具体的に示すと、意味が伝わりやすくなります。

  • 友達:「長年の友達とは、目が合っただけで同じことを考えていると分かる。まさに以心伝心だね」
  • 夫婦:「何も言わずにお茶を差し出してくれた。長く一緒にいると以心伝心のような瞬間があるね」
  • 家族:「兄と目配せしただけで、二人とも同じことを心配していると分かった。以心伝心だった」
  • 職場:「長年組んでいる同僚とは、短い目配せだけで次に何をするか意図が通じることがある。以心伝心の仲だ」

「以心伝心で通じ合う」「以心伝心の仲」「以心伝心のように伝わる」などの形で使えます。「以心伝心だと思った」のように、その場で感じたことを表しても自然です。

「心を以て心に伝う」は何を意味する?

四字熟語を訓読みにすると、「心を以(もっ)て心に伝(つた)う」となります。小学館の『デジタル大辞泉』も、この言い方を「以心伝心」の訓読みとして掲載しています。

最初の「以」は、「~を使って」「~によって」という意味です。ここでは、言葉や文字を使う代わりに、心から心へ伝えることを表しています。

「以心伝心」は「意心伝心」と書き間違えやすい言葉ですが、正しい漢字は「以」です。『デジタル大辞泉』にも「意心伝心」は誤りと明記されています。「心を以て心に伝う」と覚えると、漢字を間違えにくくなります。

もとは禅宗の教えに関係する仏教用語

「以心伝心」は、もともと仏教、とくに禅宗で使われてきた言葉です。師匠が弟子へ、言葉や文字だけでは表しきれない悟りの深い部分を、心から心へ直接伝えることを意味しました。

日蓮宗の公式サイトでは、禅の教えにおける言葉や文字によらない真理の伝達を表す用語として説明しています。浄土真宗本願寺派の「仏教語豆事典」でも、禅の考え方を表す「不立文字(ふりゅうもんじ)」や「教外別伝(きょうげべつでん)」と並べて紹介しています。

漢字ペディアや集英社の辞典は、用例がある書物として中国の禅の記録『景徳伝灯録(けいとくでんとうろく)』を挙げています。古くは仏教の教えを伝える言葉だったものが、現在では日常の人間関係にも使われるようになったのです。

『精選版 日本国語大辞典』には、日本語での古い使用例として、道元の『正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)』の1231~1253年の用例が載っています。また、日常的な意味での用例として福沢諭吉の『文明論之概略』の1875年の文章も紹介されています。これは辞書に記された用例の年代であり、その年に言葉が作られたという意味ではありません。

「阿吽の呼吸」との違いは?

「阿吽の呼吸(あうんのこきゅう)」も、言葉を交わさずに通じ合う様子に使われます。集英社の『ルーツでなるほど慣用句辞典』では、二人以上で一つのことをするときに、気持ちや動くタイミングがぴったり合うことと説明しています。

  • 以心伝心:言葉にしなくても、相手と気持ちや考えが通じ合うこと。
  • 阿吽の呼吸:一緒に何かをするとき、動くタイミングや調子がぴったり合うこと。

例えば、友達と目が合っただけで気持ちが分かり合えたなら「以心伝心」、二人で作業をしていて言葉なしに手順が合ったなら「阿吽の呼吸」がよく合います。両方を使える場面もありますが、心の通い合いを伝えたいのか、行動の連携を伝えたいのかで選べます。

「言わなくても分かるはず」と決めつけないこと

「以心伝心」は、言葉がなくても気持ちが通じた場面を表す言葉であり、相手が自分の考えをいつでも正しく分かってくれるという保証ではありません。

特に仕事の予定や約束、相手にしてほしいことなどは、気持ちが通じていると思っていても、言葉にして確かめる方が行き違いを防げます。「以心伝心だと思っていたのに伝わっていなかった」ということもあります。

親しい間柄でも、相手の考えを決めつけるのではなく、伝わったと感じられた場面で「以心伝心だね」と使うと自然です。

参考資料